Maiko Kurogouchi
Maiko Kurogouchi

「窓にカーテンを選ぶように、生地を選びました」 黒河内真衣子

Maiko Kurogouchi

interview & text: miwa goroku

Portraits/

9月29日、日本時間の深夜12時。2021年春夏パリファッションウィークが、Mame Kurogouchi (マメ クロゴウチ) をトップバッターに迎えて、静かに幕を開けた。静かだと思ったのは、Mame Kurogouchi の発表がリアルショーではなくデジタル形式だったから。と同時に、そこで公開された新作ヴィジュアルとムービーが、自分もいつか見たことのあるような残像や光で溢れていて、少しノスタルジックな気分に浸されたのもあるかもしれない。

「窓にカーテンを選ぶように、生地を選びました」 黒河内真衣子

黒河内真衣子が手がけるブランド Mame Kurogouchi は、パリでプレゼンテーションをするようになって3年。デビューから数えると今年で10年になる。糸の段階からこだわり、日本全国に散らばる職人たちと協業し、時にはファッションとは無縁の工場にも飛び込んで、理想の素材や色、カタチを試行錯誤する日々。およそ一年の半分を地方に出向いて過ごしてきた黒河内は、急に移動がままならなくなったこの半年を、どう過ごしたのか。そしてコレクションの制作は、どのように進んだのか。

本来であればパリ入りしているはずのこの時期に、黒河内は東京のアトリエにいる。そしてコレクションが揃ったタイミングで、ひと足早く我々を招待してくれた。アトリエがあるのは、世田谷区羽根木に土日限定で営業している直営店のすぐ近く。レトロで居心地のいい喫茶店や、新しくて小さいお店がちらほらと目に入ってくる、緑に囲まれた静かなエリアだ。

伝統工芸にも近接する職人性を感じるブランドだが、それでいて懐古趣味に偏ることは決してない。ブランド初期に、Mame の名前を一気に知らしめたポリ塩化ビニールのバッグはむしろ発明的だったし、2020年秋冬で登場したコード刺繍のウエア (黒河内いわく、かわいい蓑 (ミノ) を作りたかったらしい。なおこのテクニックは今季、バックパックやトートなどのアクセサリーとして定番化となる) もしかり。今回、彼女から直接インスピレーションと制作の話を聞き、実際に服を手にとるうちに、その魅力の輪郭が見えてきた。

Mame Kurogouchi 2021 Spring Summer Collection

― 今シーズンの制作過程は、いつもとだいぶ違ったのでは?

こんなにゆっくりとした日々が送れたのは初めてかもしれません。移動しないって、健康的なんだなと気づきました。出張はできないけれど、やっぱり工場とは直接話したいので、オンラインでミーティングをしていました。年配の方が多いので、接続するまでに30分かかったり、「おお!これが噂のオンライン会議か!」と感動されたり (笑)。心温まる時間をたくさん過ごしました。

 

― 工場はこれまでも付き合いのあるところと一緒に?

そうですね。ずっとご一緒しているところもあれば、シーズンによってはご縁がなかったり、初めてお取り組みするところもあります。1着の中に何社も関わっていて、多いシーズンだと100社くらい。モノができるまでの時間を噛み締めながら、長くお客さんにも愛してもらえる 1着を作りたい。その願いは、今シーズンも変わりません。

 

― テーマは “Window (窓)”。旅ができなくなって、家で過ごす中でのインスピレーションだったのですか?

窓でいこうと決めたのはコロナ前でした。窓についての文献をリサーチしたりしている最中、強制的に家にいなければいけない生活へと急に環境が変わりました。で、そこにも窓があった。春から夏へ、ちょうど季節が変わる穏やかな気候の時期でした。家でゆっくり過ごしながら、風を孕んで揺れるカーテンを眺めるうち、いろいろ妄想が広がっていきました。

― 窓あるところに、カーテンありですね。

思うにカーテンって、引っ越してきたら最初に決めるもの。そして引っ越した後は忘れられていく。廃墟にもカーテンだけ残されていたりしますよね、織りや染色では表現できない、そこに住んでいた人の記憶の色をしていて。そういう服が作れたらいいな、と。

 

― カーテンのレース地を思わせるドレスもあります。

このドレスは、実際にカーテンを作っている工場で作りました。イメージは祖母の家にあったカーテンで、今回コロナで祖母には会えなかったので、コレクション完成後にカーテンだけ送ってもらったんです。その生地には彼女のいろんな時間や匂いが染みついていて、触れていると昔の感覚を想い出すと同時に、祖母に会っているような気にもなってくる。すごいことだなと。

ミーティングやフィッティングができない制作だったので、人ではなく窓に生地を重ねてデザインを考えたり。自分の体にカーテンを巻きつけた着画を撮って、スタッフにシルエットを指示したり。窓のドレスを決めていくような作業でした。

 

― 昔のカーテンを思い出す質感、柄。いろんなディテールが表現されているのに気づきます。

カーテンの独特の艶を表現したいと思って、断面が角ばったナイロンの糸をシルクに混ぜてみました。偏光するので光が当たった時に水面のように輝いて、柄が浮かび上がるんです。昔の磨りガラスで見かけたような柄のニットもあります。これは靴下を編むようなハイゲージの機械で編むことで、繊細な表現ができています。

カーテンが風を孕んで膨らむようなシルエットを出したセットアップは、遮光カーテンをイメージして作りました。シルクノイルのような節感をポリエステルで表現しているので、光沢がありながらイージーケアなんです。軽くて着やすい感じも、現代の遮光カーテンぽいかなと。あと、カーテンと花瓶がある窓枠のシーンをそのままデザインした服もあります。花は、自粛期間中に自分の家に飾っていたアヤメやユリの花を図案化しています。Mame でよく使う植物や自然のモチーフは、いつも旅先でサンプリングしているのですが、今回は、自宅での生花が中心です。枯れた花、押し花にした花、生花のスケッチなどが、ダイレクトに洋服になっています。

Mame Kurogouchi 2021 Spring Summer Collection

― ホワイトに始まり、日焼けしたようなベージュ、ペールイエロー、そしてブラックへ。いつもよりカラーリングもストイックです。

色出しでこだわったのは、ホワイトとイエロー。特にペールイエローは、日に焼けて変色したカーテンのイメージです。工場にはもう勘弁してくれっていわれながら、何度も試作を重ねました。白や黒の生地も、使う糸や織り方によって、奥行きを広げています。

 

― キーカラーは、やっぱり白でしょうか。コンセプトムービーも、白いヴェールをかけたようなトーンが印象的でした。

記憶を思い出す時に浮かぶシーンって、なんだか白いなと思ったのがはじまり。そして必ずしも美しい映像ばかりではない。哀愁だったり、不安な感覚だったり。そういう感情のレイヤーと、カーテンのヴェールを潜っていくような、不思議な感覚を重ねた映像にしようということになりました。

今回、映像は奥山由之さんに監督を依頼しました。8mmのフィルムカメラで撮った 5:4 の比率のままなんですが、実はスマホでいつも見ている画角に近かったりして。むしろ今の視聴スタイルにマッチしているよね、という面白さもあります。

Mame Kurogouchi 2021 Spring Summer Collection

 

ヴィジュアルも世界観を優先した、ポエティックな48枚のシリーズ。

ランウェイではできない、デジタルだからこそ伝わるものをやろうと想いました。ヴィジュアルは野田祐一郎さんにお願いして、場所は、自分のホームグラウンドである長野を選びました。窓とドレスの組み合わせを決めるのが、無限のパズルのピースを合わせていくような作業で、ものすごい時間がかかりましたが、信頼する仲間たちととことん突き詰めて撮影することができたのは、本当に久しぶりでよかった。窓の前にいたり、窓から入る自然光を捉えたり。すべての写真に少しずつ、窓の要素が入っています。

 

― 今回、パリでは展示会が行えないですが、海外展開はどのようになりそうですか。

フィジカルな展示会は今シーズン、東京と上海だけ。やっぱり服は実際に見て、触って、オーダーしてもらいたい思いがあります。ブランドが日本で成長できたのは、長く付き合ってくれるお客様がいてくれるから。海外も焦らずに、長く付き合えるところと、ゆっくり成長していきたいです。旅せず家にいたことで、改めて Mame らしさに向き合うことができたシーズンになりました。このコレクションを着て、窓を開けて、次のステップに進んでいく。そんな気持ちに多くの人がなってくれたらいいなと思っています。