Julien Dossena
Julien Dossena

リブランディングから新たな未来志向へ。ジュリアン・ドッセーナが語る、創作の哲学

Photo by Paolo Roversi

Julien Dossena

interview & text: aika kawada

Portraits/

Julien Dossena (ジュリアン・ドッセーナ) が Paco Rabanne (パコ ラバンヌ) のクリエイティブ ディレクターに就任して早7年。彼の美的センスやアイディアは、シーズンを追うごとに話題を呼び、ブランドの再生を見事に実現した。特にこの2シーズンはブランド設立者 Paco Rabanne (パコ・ラバンヌ) アーカイヴを2020年の現代に甦らせ、力強いテーマ性のあるコレクションへ導いている。

史実から取り上げたシルエットと「les Pacotilles (レ パコティーユ)」と呼ばれるブランドのアイコニックな素材 (金属やプラスチック片をつなぎ合わせたもの) と意外性のある素材を独自の解釈でミックスし編集するスタイルは、トレンドに影響を与え、パリのファッションシーンを牽引する存在にまでなった。その他にも、就任直後から話題を集めたスポーティなアクティブウェアの展開も、女性たちの共感を呼ぶ理由の一つだろう。また、リブランディングの成功には、彼の脇を固めるデザイナーやアーティスティック・ディレクター、ミュージシャンの存在も大きい。今後の活躍がますます楽しみな Julien Dossena に彼のクリエーションの哲学について紐解くべく、インタビューを行った。

リブランディングから新たな未来志向へ。ジュリアン・ドッセーナが語る、創作の哲学

—まず、ティーンエイジャーのときに、夢中になったものを教えてください。

いわゆるMTVで育った世代なので、当時はビデオクリップに強い興味を持っていました。90年代は、すべての音楽チャンネルがクリエイティビティに溢れ、音楽を映像で表現し伝える可能性を押し広げていたように思います。この頃に、若き日のフランスの映画監督 Michel Gondry (ミシェル・ゴンドリー) やイギリスの映像作家の Chris Cunningham (クリス・カニンガム) の作品と出会いました。彼らは、いまも私に強く影響を与えています。

 

—ファッションに目覚めたきっかけは何だったのでしょうか。

ファッション雑誌や写真がきっかけだったように思います。特に、90年代に生まれたイギリスのカルチャーやファッションシーンは強烈でした。中でも、雑誌「THE FACE」で見た、写真家の David Sims (デヴィッド・シムズ)、Juergen Teller (ユルゲン・テラー) などから様々な影響を受けました。彼らはティーンエイジャーだった当時の私たちにとって、夢そのもの。その存在は、私自身の将来や進路について強く意識させました。

 

—ブリュセルにあるファッション学校「Le Cambre (ル カンブル)」を卒業されました。そこで学んだことは。

クリエイターとして表現をするためによく働くこと。それから自分のビジョンがあらゆる面で完全に表現されるまで、思考を止めることはないということを学びました。

 

—Paco Rabanne でクリエイティブディレクターを務めて、最も印象的だったことはなんですか。

フォトグラファーやアートディレクターなど、“私” という人間を形作る上で影響を与えてくれた人たちと実際に会えたことですね。

 

—音楽シーンでの活躍で知られるイギリスのグラフィックデザイナーの Peter Saville (ピーター・サヴィル) など、多くの人とコラボレーションをしてきました。今後一緒に仕事をしたい人やブランドはありますか。また、シンパシーを抱くファッションデザイナーやアーティストは誰ですか。

沢山の人と仕事を行ってきましたし、仕事をともにしたい人は沢山います。しかし私自身が、テイストやコンテクストについてかなり選り好みをしているというのはありますね。すべての方と実現できるわけではありません。シンパシーを感じるのは、私の周囲にいる友人のようなデザイナーたち。彼らは家族同様の存在です。

 

—創作活動における哲学を聞かせてください。

たくさん空想をすることです。これは、周囲にあるあらゆるものへの好奇心を養うための活動であり、クリエーションを行う上で自ら開発しなければならない気質です。常に何かを探すことは、私にとって喜びでもあるんですよ。

 

—Paco Rabanne において、ファッションデザインはどのようなアプローチを行っていますか。

ブランドの創設者である Paco Rabanne のデザイナーとしての仕事に、深い敬意を持っています。彼は、ファッションを表現する新しい方法を数多く作り出しました。それは、クリエイティビティの可能性を大幅に広げた素晴らしい功績と言えるでしょう。私の使命は、その精神をいまの世の中にアップデートすること。それから、ブランドの美学がすべての側面から細やかな部分に至るまで、現代的な方法で表現するまで探求することです。最終的には、その作業を自由に楽しむことだと思っています。

 

—クリエイティブディレクターに就任して、創作の仕方は変わりましたか。

確実に変化しました。仕事の規模が変わったので、まったく異なる考え方をするようになりました。クリエイティブディレクターとして、全てが一貫している必要があるので、以前に比べ私の選択や表現はよりラディカルになったのではないでしょうか。

 

—創作をするなかで、幸せを感じる瞬間はいつですか。

チームのメンバーとリサーチを行っているときです。この作業をしている間は、何の制約もなく、クリエーションの可能性を最大限に味わうことができます。まだ空想の世界にいられるわけですから。あとは、工場から上がってきた生地のファーストサンプルや試作品などをはじめて手に取る瞬間もたまらなく好きですね。

 

—コレクションを見ると、異なる素材同士を大胆に合わせています。この素材をミックスする組み合わせはどのように創られるのでしょうか。

常に、様々なパターンを合わせることに興味を持っており、実験を繰り返しています。探しているのは、意外な組み合わせから生まれる衝突やコントラスト、調和。その作業は、まるで終わりのない対話のようなものです。

 

—Paco Rabanne というデザイナーから学んだことは?

ラディカルでありながら、表現について研究と遊び心のバランスを取ることができることを学びました。Paco Rabanne 自身がそうであったように。

 

—Paco Rabanne は1966年に提唱した “12 Unwearable Dresses (12対の着ることができないドレス)” なくして語ることはできません。このインスタレーションは、ファッション史にどのような影響をもたらしたと思いますか。

今日に見られるファッションショーの形態の前身となりました。現代音楽とともにパフォーマンスを行い、女性たちが楽しむ。それらの要素を包むことは60年代にとって自然なことでした。Paco Rabanne は文化革命が起きている最中に活躍した世代のデザイナーです。彼は単純に世の中の流れをファッションに反映するだけでなく、その運動を起こす当事者でもあったと考えています。

 

— あなた自身は、“未来志向という60年代の感覚” をどのように表現していますか?

2020年に行う自分のファッションデザインにも、そうした発想を与えられるように心がけています。

 

—60年代の Paco Rabanne は数多くの女性セレブリティのために衣装を作成しました。いま、あなたを最もインスパイアする女性は誰ですか。

フランスの歌手、Françoise Hardy (フランソワーズ・アルディー) に特別な思い入れがあります。彼女は才能のある作家であり急進的なミュージシャン。時代を超越した美しさやタフな態度など、非常に多くの資質を体現しています。私自身も彼女の歌が大好きです。

 

—Paco Rabanne といえば、小さな金属やプラスチック片をつなぎ合わせた「les Pacotilles」という素材使いもブランドを象徴しています。この技法の魅力はどこにあると思いますか。

小さなキャンディーのように無限に形を変えられて接続することができ、新たに独自の形や素材を作成できるところです。地道な作業ですが完成した出来上がりはまるで魔法にかかったような美しさがあります。このような職人技は、私とブランドにとって非常に大きな存在であり、大切にしています。

—2020年SSコレクションでは、初のメンズの展開が始まりました。その理由を聞かせてください。

このタイミングでのメンズラインの展開は、私にはもちろん、ブランドの拡大にとっても自然な流れでした。なぜならば、以前から Paco Rabanne の中性的なアイテムを買い求めくれる男性の友人がいて、多くの人たちからメンズウェアを始めるように助言をもらっていました。

 

—2020年秋冬コレクションについて教えてください。

洋服を通して表したかったことは、神秘的な女性の強さです。それから女性に力を与える孤独について。このテーマを表現するために、Marie Antoinette (マリー・アントワネット) の監獄があることで知られる、パリのコンシェルジュリーをファッションショーの会場に選びました。実際に美しいだけでなく、厳格である種の緊張感があり、わたしの表現したいテーマにとてもふさわしい会場でした。

 

—多種多様なプリント柄を使用したドレスが印象的です。あなたにとってテキスタイルデザインで重視することはなんですか。

プリントはシルエットの輪郭やメッセージ性を強調し、生地の動きや振動を美しく彩ります。また時代性や地域性、文字や記号など微妙なコンテクストを忍ばせることにも適しています。

Model wears an outfit as part of the women ready-to-wear autumn winter 2020 2021, women fashion week, Paris, FRA, from the house of Paco Rabanne

Model wears an outfit as part of the women ready-to-wear autumn winter 2020 2021, women fashion week, Paris, FRA, from the house of Paco Rabanne

 

—クチュールの技術を尊重した服作りをしながら、一方でアクティブウェアの展開もして来ました。その理由を教えてください。

パリで生活する人々を観察すると、レギンスやスポーツブラなどのアクティブウェアは、日常の装いの主要な部分になっていることに気づきました。また、テキスタイルの分野では、最もパフォーマンス性の高いイノベーションで知られている衣料品のカテゴリーにあたります。とても快適でありながら、スタイリッシュで現代の生活に適応しているという点で、ファッションブランドとして展開することに興味を持ちました。

 

—あなたにとって実験的な精神とは。

研究と探査のプロセス。新しい方法で共鳴する何かを視覚的に作成しようとすることだと思います。もちろん、作品は “本物” であり、たくさんの愛情を持って取り組む必要があります。

 

—ブランドの再生に、ブランドの新しいロゴや制作物などを手がけたアートディレクターの Zac Kyes (ザック・カイズ) の存在も大きかったのでは。

彼の才能と正確な表現は、間違いなくブランドの再生を支えてくれました。私たちが出会った当時、彼はファッションに携わっていませんでした。しかし、お互いの興味と美意識を共有することで、結果的に新しい Paco Rabanne を展開することができたと思っています。私は、彼がこの仕事にふさわしい人物であることを見抜いていましたし、彼も想像以上に素晴らしい作品を提案してくれました。

 

—ファッションショーやブティックの音楽は SURKIN (サーキン) が担当しています。彼を選ぶ理由は。

SURKIN は私の古い友人であり、私が知っている最高のミュージシャンでトラックメイカーです。彼は常に実験を試み、ブランドの意思をそのまま表現する正確なサウンドを探究しています。彼との作業は、どんな時もとても楽しいのです。

 

—パリのカンボン通りに加えて、今年の3月にフォーブル・サントノレ通りにも新たにブティックがオープンしました。路面店にこだわりはありますか。

いずれも小さい路面店で、その規模をとても気に入っています。私はショッピング体験の中で生まれる、ある種の親密さを非常に重要に考えています。何か特別なものを買うときにこそ、その特別な感覚を感じてもらえたら嬉しいです。

—パリという街は、あなたが仕事をする上で重要な意味を持ちますか。

とても重要です。私が住む街であり、家族や友人がいて人生のすべてを築きました。私をインスパイアする、ありとあらゆるものがパリにはあります。そして、この街の美しさも理由のひとつだと思います。

 

—インスタグラムには、よく Serge Gainsbourg (セルジュ・ゲンズブール) の写真をアップしていますね。彼のどこに魅力を感じるのでしょう。

いちばんは彼の書く言葉です。それから、フランス語で綴る歌詞のマスタリングも。もちろん彼のルックスや挑発的な態度、ダンディーな佇まいは常に憧れでもあります。

 

—最後に、お気に入りの映画、本、音楽を教えてください。

映画であれば、Wong Kar-wai (ウォン・カーウェイ)、Jane Campion (ジェーン・カンピオン)。小説は、すべての Honoré de Balzac (オノレ・ド・バルザック) 作品、あとアメリカの作家 Frank Herbert (フランク・ハーバート) のSF作品『デューン/砂の惑星』(1965) が好きです。音楽は、The Beach Boys (ザ・ビーチ・ボーイズ)、Bob Marley (ボブ・マーリー) など数え切れないほど、多くのミュージシャンを敬愛しています。中でも、カナダのピアニスト、Glenn Herbert Gould (グレン・ハーバート・グールド) の弾くバッハを聴くことが好きです。