jeanne signoles
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「どれも実用性に富んでいて、複雑ではないことが大前提」バッグ作りにおける、ジャンヌ・シニョールのあくなき探究心

jeanne signoles

photography: kanto kurosawa
text: ayana takeuchi

Portraits/

キャンバスバッグを中心に展開している、フランス発の L/UNIFORM (リュニフォーム)。数学や物理を学んだという異色の経歴を持つ、Jeanne Signoles (ジャンヌ・シニョール) の手がけるアイテムの数々は、イニシャルやワッペンでカスタマイズでき、複雑な数式では導き出せない、シンプルで無邪気な遊び心も魅力的。さらに、彼女のバックグラウンドを感じさせる知性漂うコンセプトとも相まって、唯一無二のアイテムが世に届けられている。2023年10月には、丸の内に続く旗艦店として、青山にショップがオープン。来日した彼女に、東京の魅力や、店内のこだわり、クリエイションの秘密までインタビューした。

「どれも実用性に富んでいて、複雑ではないことが大前提」バッグ作りにおける、ジャンヌ・シニョールのあくなき探究心

—まずは新店舗の場所を青山にした理由から教えてください。

丸の内店オープンのときもそうでしたが、日本でお店を構えるとしたらローカルな雰囲気を感じられる場所がいいなと思い、日本の環境に密着しているようなロケーションを求めていました。ご存知の通り、L/UNIFORM は洋服のブランドではなく、老若男女がデイリーユースで楽しめるバッグや小物が中心です。だから、必ずしもスタイリッシュな場所でなくてもと思っていたのですが、日本のチームが色々なエリアを紹介してくれるなかで、この場所がピンときて。この一角だけ路地裏に入ったような、不思議で落ち着いた雰囲気を感じたんですよ。表参道駅からアクセスが良く、たくさんの人が来やすい場所なのも気に入りました。

—ジャンヌさんが考える、日本のローカルエリアとは具体的にどんなイメージですか?

私にとってのローカルエリアとは、そこにいる現地の方との交わりがある場所だということです。たとえば、丸の内は商業施設がいっぱいあって、一見すると都会的なイメージを持つかもしれません。でも、周りを見渡してみると、オフィスワーカーや買い物客など、そのほとんどが日本人なんですね。たとえば、銀座は人が往来する地域ですが、海外の観光客も多く、ショッピングを楽しむ観光スポットのようになっているかと思います。だから私は、ショッピングだけでなく、そこで働く人や生活する人など、日本人の生活に寄り添った場所がローカルエリアだと考えているのです。また、ビジネス的な見方ではないかもしれないけれど、丸の内や表参道は通りも大きく、緑もあって歩くだけで晴れやかな気分になります。そのようなところも私がイメージしているローカルエリアと言うことができるかもしれません。

—あなたにとって東京はどんな場所ですか?

初めて東京を訪れたのは21歳のとき。以来25年間を遡ると、最低でも年に2回、多いときは4、5回訪れるくらい大ファンです。ものづくりの面では、日本は一番クオリティコントロールが難しいと聞くけれど、そこで学ぶことも多いですね。カルチャーの観点からコミュニケーションの面でも、フランスと違う部分が多いですが、かえってそれがモチベーションになっています。訪れるたびに「ここで何かをやりたい!」という、ものすごい衝動が湧き上がってくるんです。日本の人たちと一緒に、ものづくりに情熱を注いでいきたいという、前向きな気持ちにさせてくれる魅力があります。

—新店舗は、パリの一号店や丸の内店でもタッグを組んだ、片山正通氏率いる Wonderwall®︎ (ワンダーウォール) がデザインを担当していますね。内装でこだわったポイントは?

パリの一号店を出した頃から考えを少し変えて、ライフスタイルを感じるようなアットホームな世界観で展開したいと思い、この青山店はホッとするような温かい家をイメージしました。綺麗に棚に陳列された、いわゆるリテールショップのようなしつらえではなく、年齢も性別も関係なく常に皆さんをお迎えできる場所にしたかったのです。「私の家」にお客様をお招きするイメージで、いろいろな商品をくつろいだ空間で紹介できたらと思っています。そこで、店内の中央にはリビングルームのようなリラックスしたシチュエーションを、奥には、アイランドキッチンを想起させるような長いカウンターを設けました。まさに、日本版の私の家です。

—イサム・ノグチの「AKARI」も印象的ですね。

昔から彼の大ファンで、自宅にもパリのオフィスにも大きな照明機器があります。ですから、このお店で彼の作品を取り入れることも自然なことでした。それに、蛍光灯の強い光だと心地よさが失われてしまうような気がして。蛍光灯の白い光は、自分の顔が青白く見えて落ち着かなかった経験があるので、暖色系の照明機器にはすごくこだわったと言えますね。店内中央の壁のディテールが、障子のようになっているのもポイントです。あの障子の奥にも何かあるのではと想像力を掻き立てられる造りにしました。イサム・ノグチの和紙からじんわりにじむ光と心地よく響き合うバランスを探って、ここに辿り着いた感じです。

—店舗へのこだわりをお聞きしましたが、バッグのデザインについても深掘りさせてください。普段どんなものからインスピレーションを得ることが多いですか?

学生時代は数学を学んだあと、物理の博士課程を取得したので、デザインを一から習ったことがないんです。ですので、身近にあるものをベースに、スタイリッシュにアップデートするにはどうしたらいいか、色やステッチなどのアイデアを膨らませていくことが多いですね。日本ですごく人気の「ツールバッグ」は、実は大工の工具入れからインスパイアされて作りました。昔から長く使われているものは、本当に使い勝手が良いものばかりです。それをほんの少しリプロデュースして届ける、さらに使いやすくすることに情熱を注いでいます。また、興味深いのは、バッグを作って販売すること自体が、一種の「社会的実験」になっているということ。国によって人気の型はさまざまですし、それぞれの地域を学ぶ機会になっているのも嬉しいです。

日本で人気の「ツールバッグ」。大工の工具入れからインスピレーションを得て作られており、細かいギミックの効いたデザインが魅力的。

—では、ご自身が考える L/UNIFORM の強みは何だと感じていますか?

男女問わずキャリアのある方から、子育てに忙しいママ、あらゆるライフステージに寄り添う存在ということでしょうか。私自身、子育てをしながらブランドの経営からクリエイティブディレクションまでを行う毎日の中で、「今日は何を着よう?」という意思決定をするところまで気が回らないのが本音。だから、さっと身につけられるアクセサリーとバッグだけは良いものを選びたいと思って、バッグのブランドを立ち上げました。どれも実用性に富んでいて、ややこしくない構造が大前提です。 今では、ホームタウンのカルカッソンヌで100年続いている工場と、ポルトガルでも長い歴史のある工場を買い、オリジナルのキャンバスを織るところから追求しています。ステッチの幅も型によって細かいルールがあって、出来上がったら専用のメジャーで一つずつ仔細に検品してから出荷します。さらに、ショップでも再度検品して、店舗に並ぶ最後の最後までこだわりを重ねているところも強みだと言えますね。

—L/UNIFORM は、アイテムにスタンピングやパッチをつけてカスタマイズできるようになっているかと思います。このような取り組みをしようと思ったきっかけは?

私は、ユニフォームがとても好きなんです。だからブランドの名前も「ユニフォーム」に由来しています。とても実用的で丈夫な作りになっているところが魅力ですが、やはり制服なので皆一緒に見えます。デザインの観点から見るとそこだけが難点でした。だから、少しだけアクセントを加えて、ユニフォームの定義を崩してみようと思ったのです。

—年々アイテム数が増えていますが、中でも制作が大変だったものは?

L /UNIFORM のバッグは100% 撥水なので、どんな気候でも、例えば日本の梅雨の時期にも安心して使えるようにしています。それを心躍るカラーパレットでどう実現させるかは、なかなかの忍耐力が必要でした。特に大変だったのは、キャンバスを赤く染めて、色落ちしない天然加工をすること 。実用性があることが大前提なので、使っていくうちに洋服に色移りするのは言語道断。理想の色にするまでは簡単でしたが、一年中いかなる気候でも使える製品に仕上げるまで3年がかりでした。

—先ほどのお話でもあったように、L/UNIFORM のアイテムは、ナチュラルな色合いや加工などサステナブルな取り組みを積極的に行っていますよね。フランスでは、サステナブルな思想が日本以上に浸透していると聞きますが、それについてはどう考えていますか?

プラスチックフリーやヴィーガンへの移行は国も積極的です。それを自然に皆ができるようになっていると感じます。ブランドとしては、世の中に作品を生み出す責任を強く感じていて、キャンバスに化学繊維を混ぜないとか、レザーやコットンにしろ、どこで作られたものなのか追跡できるようにしています。幸運にも自社工場があるからできることではあるとは思いますが。フランスでは、ある程度の基準に達した人しか職人(サヴォアフェール)と名乗れないのですが、伝統的な技術を後世に繋いでいくことも、ブランドにとってのサステナブルな取り組みの一つだと思っています。そのために、フランスとポルトガルの工場で働く方に向けて、トレーニングやワークショップを行ない、クオリティを均一にするように心がけています。大切なフィロソフィーを持って、お客さまと対峙しているということを常に考えてものづくりをしているので、それがサステナブルな思考にもなっているのかもしれません。

—L/UNIFORM が日本で人気に火がついたきっかけの一つとして、藤原ヒロシ氏の主宰する fragment design (フラグメント) とのコラボレーションがあるかと思います。そのときのエピソードを教えてください。

ヒロシとは、10年前に共通の友だちを通して知り合ったのですが、いつも色々なアドバイスをくれる私のゴッドファザー的存在です。まだバッグ一型しかなかった頃に、それとキャンバスの端切れを見せながら彼と話をする機会があったのですが、そのときにとても興味を持ってくれました。それから、ヒロシが手がけていた青山のショップ「the POOL aoyama (ザ・プール青山)」とコラボレーションしないかと声をかけてもらったのが始まりですね。丸の内のお店を始めたときの2回目のコラボレーションでは、「ジャンヌ、1.8 mm ハンドルを長くしてみよう」って言ってきたことも(笑)。私同様にすごく細かく調整していくやり方も良かったですね。

—藤原氏の視点が入ることで、ブランドの世界観が拡張されたと感じますか?

そうですね。彼とはトートバッグをコラボレーションしたのですが、誰もが知っているベーシックなアイテムをヒロシの目で見たらどのように生まれ変わるのだろうとワクワクしました。ちょっとしたサイズ感や、ハンドルの長さに加えて、大胆なロゴのデザインは、自分にはない感覚で変化のあるアイテムになったと思います。

—最後に今後のプランを教えてください。

まず、このお店を成功させることですね。TOMORROWLAND (トゥモローランド) では、コーナー展開も始まったので、その反響も楽しみです。香港にも出店する予定なのですが、中国は初めてなので、今からとてもワクワクしています!