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「淡々と堂々と、服をつくる」 イッセイ ミヤケ 近藤悟史

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photography: utsumi
interview & text: miwa goroku

Portraits/

ワンピースが空中から降ってくる、サプライジングなパフォーマンスでデビューを飾ったコレクション「A Sense of Joy」(2020年春夏)から今季で4シーズン目。ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)ウィメンズのデザインを手がける近藤悟史はどんなデザイナーなのか。そのキャリアを紐解きながら、最新2021-22年秋冬コレクションの制作背景に迫るインタビュー。

「淡々と堂々と、服をつくる」 イッセイ ミヤケ 近藤悟史

“オノマトペ”(擬音語/擬態語/擬声語)に着想を得た2020年秋冬は、偶発的に生んだ柄をのせたオールインワンや、異なるテクスチャーをこね合わせるように編み上げたニットシリーズなど、ユーモアが溢れたシーズンだった。続く2021年春夏はジャケットからパンツ、ジャンプースーツまであらゆるアイテムをコンパクトに畳み、ひとつの箱に詰め込むというコンセプトで、次なる旅への夢を広げてみせた。

そして今シーズン。これまでカラフルだったコレクションの印象はぐっと落ち着いて、静謐なムードをまとった色、柄、形。ウールやオーガニックコットンは無染色のままで服に仕立てられており、特殊な素材加工のノウハウを持つ ISSEY MIYAKE としても新鮮な提案に映る。テーマは “As the Way It Comes to Be -生まれたままで-” 。「最初のインスピレーションは、卵や石、貝殻など自然の造形物だった」 と話す近藤が2021年の秋冬に向けて描いた景色は、かつてなく静かで壮観である。

 

 

── 今シーズンの取材時に置いてあった『UZURA』について聞いてもいいですか。うずらの卵の写真が整然と並んだ写真集でした。

『UZURA』は今回のコレクションの起点となった写真集です。関口隆史さんのこの写真集が昔から好きで、自宅の本棚にずっと並べてあって。ある日なんとなく開いたら、見入ってしまって改めてその魅力に引き込まれました。

すべてがありのままで、ひとつずつ表情が違う。それが強いしカッコいい。今回のコレクションはこれでいこうと決めました。それから、色のグラデーションが綺麗な卵、海で拾った石や貝殻を集めました。

── シーズンムービーは、大自然のロケーションが印象的です。坂本龍一さんによる音楽も、静謐なムードを引き立てていました。

今回のコレクションは落ち着いていて堂々としたものにしたかった。イメージとしては、写真と映像の中間みたいなところを追求したくて、映像作家としても活躍なさっている写真家の瀧本幹也さんに、今回スチルとムービーの両方をお願いしました。制作中の服を瀧本さんに見てもらい、イメージに合いそうな場所を見ながら意見交換をし、撮影場所を決めました。

 

── 三宅一生さんからもアドバイスを受けることはありますか?

常々いわれるのは「自由でありなさい」。そして「伝えたいことをちゃんと表現しなさい」。

ISSEY MIYAKE 2021-22 AW

── そこでいうと、今回の “生まれたままで” のコレクションは、過去3シーズンに比べて、ISSEY MIYAKE らしさの割合に変化があったように感じます。どこか近藤さんらしい表現が解放されたのでしょうか。

最近よく言われることですが、社会が変わってきているから、自分の感覚も変わった部分も確かにあるなと思います。日本にいる時間が長くなり、もっと淡々と堂々と服をつくりたいなと思うようになりました。

ISSEY MIYAKE においては「joy」と「beauty」の2つの言葉をずっと大切にしています。デビューから3シーズンは、わりと「joy」の感覚の方が表に出ていたと思います。今シーズンはより「beauty」を際立たせたい感覚に、自然と流れていった気がします。

 

── 近藤さんは本来、旅の多い生活ですよね。パリに行ったり産地に出向いたり。

そうですね。パリは年に数回。それに加え、工場さんやコレクションのリサーチなどでさまざまな場所へ訪れます。この1年は基本的に東京にいて、いろんなスタッフと一緒に過ごせたことは、仮縫いの回数の多さに表れていますし、じっくりつくった手応えがあります。それはすごく楽しかったです。

 

── 日本にいる時間が増えて、国内の産地とのつながりも深まったり ?

つながりはもともと強いと思います。私たちがこだわりたい課題に対し、みんなでトライアル&エラーを繰り返しながら、ものづくりを続けているので。ISSEY MIYAKE として掲げる課題は常に大きく3つあります。まず、新しい素材や技術の開発。そして、着心地も楽で気持ちがいいこと。洗ったらすぐ乾くなどの日常性も欠かせないポイントです。

── 京都の墨流し、足利の絣 (かすり)、無染色のウールやオーガニックコットンなど。素材の表情を生かした服が増えています。

“生まれたままで” というテーマのもとで、とにかく染めない素材をつくりたいというのがありました。テキスタイルのデザイナーと一緒に、まずはいろいろな自然の造形物を素材として集めてみました。そこから、どう織物にしていくのか。

綿に関しては、オーガニックコットンといえばタオルなどの柔らかいイメージが強いので、私たちはもうちょっと逆の方向で、生分解性のラメ糸を横糸に入れてハリ感を持たせることによって、岩っぽい質感を目指しました。

墨流しは、今回のインスピレーションのひとつである “石” を表現したくてたどり着いた京都の伝統技法です。柄の出方の検証を重ね、十数種類ほど試作した中から今回はエレガントに見える素材を選んでいます。墨流しは水面に染料を垂らしてマーブル模様をつくり、素材に写しとる手仕事なので、1枚ごとに柄が少しずつ異なります。

 

近藤悟史

 

── 近藤さんのキャリアについても少しお聞かせください。専門学校の時から、ISSEY MIYAKE に入社希望だったのですか。

ISSEY MIYAKEのものづくりに憧れていました。見ていくうちにいろいろな書籍に出合って、中で働いている人がみんなすごく生き生きしていて、いろんな仲間と切磋琢磨しながら新しいものを産み出していく感覚にすごく惹かれました。私は服をつくるだけじゃなくて、デザインと社会の接点にも興味があったので、ISSEY MIYAKE はその点でも学びの多い場所と思い、迷いなく入社の道を選びました。

 

── 最初の仕事はPLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE。

そうです。プリーツの知識はなかったのですが、やってみるとすごく刺激的でした。服づくりにおいて、数あるテクニックのほんの1つの小さいことだけで、こんなに表現が広がって前に進んでいけるのかと気づきましたし、服づくりに対する姿勢が柔軟になったと思います。

そこでは IKKO TANAKA ISSEY MIYAKE(グラフィックデザイナー田中一光の作品を服や小物で表現するプロジェクト)に関わり、HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE にも携わりました。あとは展覧会などの文化的活動に取り組みました。そうするうちに、ISSEY MIYAKE の次のデザイナーとして声がかかり、今に至ります。

 

── ご自身のものづくりのコアを支えているのは、何だと思いますか。

この2年で特に大事にしているのは、表現力とユーモアです。自分の想像力を出発点に、テーマに沿ってさまざまなアプローチで新しい素材や技術の開発をしています。今シーズン描きたかったのは、知性的な女性像でした。

ISSEY MIYAKE 2021-22 AW

── 女性のイメージが前面に立つのは、過去になかったアプローチですよね。

そうかもしれません。ひとつ前のシーズンの “UNPACK THE COMPACT” は、小さく畳んだ服をパーっと箱に詰め込む絵がまず頭に浮かんで、それを具現化するためのアプローチを考えました。2年前のデビューシーズンは、手をつないで踊っている人たちを自然光が包んでいる夢の世界のようなイメージがパッと浮かんで、そのための空間選び、素材開発などを、養ってきた経験からいろいろ引き出して表現しました。

今回は1人の女性が佇んでいるストーリーがまず浮かんだので、その女性像の趣味嗜好をイメージしながら素材をつくっていきました。これまでになく静かな物語です。それでいて堂々としています。

ISSEY MIYAKE 2021-22 AW

── 新素材や技術が先行してコレクションを組み立てるようなことは?

素材の開発はいくつかの方向性で並行していて、どうアウトプットしていくかを、常々考えてはいます。今は表現したいテーマを決めて、デザインチームが持ってきた新しいテクニックを取り入れながら、ものづくりをしています。

 

── ISSEY MIYAKE の看板ブランドを背負うデザイナーとして、やらなければいけないこと、意識していることはありますか。

服をデザインした時に思い描いた美意識が、なるべくぶれずにそのままお客様の手元に届くようにしたい、より多くの人に着てもらいたいたい。あと年齢を問わない、タイムレスな服をつくり続けたいと思っています。

── ISSEY MIYAKE は今、どんな人が着ている手ごたえがありますか。

それは ISSEY MIYAKE のものづくりの姿勢に共感してくれている、世界中の人だと思います。そこをもっと広げて、さらに多くの人に伝わるようにしていきたいなと思っています。そのためにジャーナルみたいな制作物を配布したり、SNS で発信したり。少しずつなんですけど、これまであまりやってこなかったことを始めています。

 

── 着る人が自由にできる余白のある服は、ISSEY MIYAKE ファミリーの特徴のひとつだなと思います。

PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE は特にそうですね。体型を選ばず、いろんな人がそれぞれの基準で着ることができます。

 

──  “UNPACK THE COMPACT” (2021年春夏) は、プリーツの技術と哲学が、まさにぎゅっと詰まったシーズンですよね。

着想のストーリーは、もっと単純でした。パリコレに持ち込む服って、ものすごい量なんですよ。だったら一つの箱にまとめて、ポンとパリの会場に届けて、それを開けてショーをしたら面白いだろうなと思ったのが最初です。

── 小さく畳めるっていうのは、とても ISSEY MIYAKE らしいアイデアだと思ったのですが、コレクションをつくるプロセスとしては後付けなんですね。

最初に思いついたひとつの箱に詰めるというテーマに対して、コンパクトにするということは、この会社のフィロソフィーとしてこれまでいろいろとやってきました。しかし、いざ全ての服をコンパクトにしようとすると、決して簡単ではありませんでした。

 

── 観る側としては、こんなに小さくできるんだと素直に感動しました。と同時に、コロナ禍の中で希望を感じさせるストーリーだなと思いました。

本当はリアルショーで表現したかったのですが、結果的にデジタル発表がメインとなり、表現の仕方を模索して、時代性のあるコレクションに仕上がったかもしれません。

私の役割はコレクションのテーマやストーリーを考え、そこから服のイメージを描いて、チームでものづくりをすること。服をつくっていくプロセスの上での細かい技術に関しては、時に他のスタッフの方が長けている時もあります。なので、毎回の仮縫いでどんな服が上がってくるのかを楽しみにしています。

── デザイナーとして、今どんなフェーズにいますか。

常にもがいています。これまでも、これからも。常にトライアル&エラーの繰り返しですが、それが楽しいので、このまま続けていくと思います。

悩んで、もがいて、まだ見たことのない服ってなんだろうと考える。少し先の未来で大切にされる服って何だろう、とか。見ただけでびっくりするものって何だろう、とか。そういうのが見たいし、見せたい。想像力を大切に、日々過ごしています。

 

── 今後のコレクション発表に対するヴィジョンは?

リアルショーならではの高揚感は、やっぱり表現したいなと思う。一方で、映像を介して、今はどんな場所でも発表できるようにもなりました。ISSEY MIYAKE のショーの表現方法は自由であるべきだと思っています。単に歩くランウェイショーではなく、実際に見る人も映像で見る人もみんなが楽しめるような方法を常に模索しています。